2019年10月24日木曜日

備忘録2

■大手事務所(秋元、喜多川など)、レコード会社の機密保持を盾にしたコンペ楽曲の半永久預かりは「生きている楽曲」という価値観の欠如から来ているのでしょう。

■全て使い捨ての粗製濫造、作家はカネと裁判で脅せば言うことを聞くと思っていること自体、発想が貧弱です。

■大衆音楽というものはもう存在しないとも言えますが、利益だけを考える音楽業界にはなって欲しくないなぁ。

2019年9月25日水曜日

売れるということ

■売れるということ■

お笑いにしろ、バンドにしろライヴまで来る様な熱心なファンというのは、社会的に見たら「イタい」訳です。

社会に順応しづらく、一ヶ月に1回くらいは必ず、死のうと、私なんて生きていても...と考える様な人も多いのです。

しかし、
「イタい」というのは悪いこととは限らず、それは真っ当な感性を持っていることの裏返しでもあります。

何の疑問も持たず、または持っても同調圧力に抗えず、阿呆のくせに大学まで行って、就職し、結婚して家庭を作って、子育て、教育に悩み、浮気を楽しみ、病気になったり、親を介護したり、家を建てたり、ローンを組んだりしているような昭和社会順応型の人間とは違うわけです。

平成10年生まれ以降はだいぶ様相が変わってきてイタい人間の割合が増えるかもしれませんが。

でも、面白いもんで「イタくない真っ当な社会順応型人間」にも「イタさ」はあるのです。

例えば私の親父なんてのは2代続けて医師です。
典型的な昭和の程々成功者のカテゴリーに入りそうなものですが、子供はあまりにも才能があり過ぎるため、心を壊し社会的に使い物になっていないような音楽家ですし、もう1人もいわゆる王道の様な人生からは程遠い訳です。

そうするとね、親父は「イタい自分」(人間としての本音の部分)をさらけ出してくる訳ですよ。
中島みゆきが好きとかね。

つまり、イタい馬鹿そうに見えるファン、オタクの様な定額所得者の客層だけがコアなファンとは限らないし、政治家やら、経済的に成功している経営者やアーティストの中の「イタさ」を突いて行けばそれは巨万の富を得るチャンスでもあるのです。

私みたいな極限までイタい人間はそもそも金(同調圧力の化身みたいなもの)に嫌悪感があるので、結局は儲からないんですけどね。

頭がいい人はやってみて下さい。
こんな時代でもゲームに家を買えるほど課金している人も居るのですから。
私が見た中では1ヶ月で500万をなんの迷いものくしょうもないゲームにつぎ込んでる人も居ます。

2019年9月23日月曜日

価値観について


原始時代の喫茶店。

恐らく、美人は何もせんとコーヒーにケーキが付いて来た思うんです。

そこに、並の子が入って来て同じセットを望んでもウェイターのチンパンジーは何にも持って来よらへん。

人口比率としては並の子やそれ以下の子の方が多い訳ですから、「私にも食わせろや!店燃したろか!」となる訳です。

そうなってくると、オーナーチンパンも考えんとあきまへん。

石ころチケットみたいのを作りだして、美人の子は1個でいい所を、不細工な女の子は10個とかなったんでしょうね。

それでも、前まではサービスの提供自体を受けられなかった訳ですから、一段階平等になったとも言えるんです。
これが貨幣の始まりでしょう。

オーナーは本当は石ころチケットなんて概念はどーでも良かったのですが、汚いオバハン達が来て「30個あるわよ!どうしてくれる?軽い食事も付けなさいよ!」と圧力が掛かってくると無碍にもできない。

段々と本来の美の価値よりも石ころチケットの個数を優先して対応せんとやっていかれへんようになったんです。

勿論、オーナーはこっそり美人には軽食やお土産を持たせたりしてたんですけどね、「何ズルしてんのよ!」と怒られたり、下手したら暗殺されたりする危険性も出てきて、仕方なく平等に扱わなくてはならんくなったのでしょう。

そうするとね、本当の美が何か、価値が何か抽象的なものは廃れていくんですね。
実は貨幣自体も抽象だということを忘れてね。

共同幻想論じゃあらへんけどね。
そんなもんなんです世の中なんてものは。モノサシに囚われてどないすんねんという事です。
金だけ貯めて3LDKのタワマンに住んでも、発想が四畳半以下のタコ部屋みたいな人間に先は無いんです。
勿論、一銭もない私にも先はあらへんのですけどね(¯―¯٥)

世の中を教育してやりゃいいだけの話でしょ。要はいかにバレん様にやるかだけの話なんです。
それを上手くやったやつが成功してはるだけのこと。本人もそれに気付いていなかったりするのが、滑稽なんですけれどね。

芸術をやる人間は絶対的な価値観の存在を掴んでないとあきまへん。
世間がどう変わろうが美は美なんです。こっそり可愛がる対象は無くなりはしないんです。

無理に平均かして悪平等にしたり、石ころポイントを絶対的なものにしたりするのは本当に愚かなこと。
そんなもんに左右されて生きたらあきまへん。

2019年9月19日木曜日

音楽IQが低い方が売れるの?


これは言うまでもないことです。

大衆で音楽的知性、感性(IQというインパクトのある表現を使いましたが)、またはリテラシーが高い人間など数パーセントしか居ませんから。

やはり作曲家も同じ様な感性を持った人間でないといけません。

才能がある作曲家、学んでしまった作曲家はどうすれば良いのか?
到底無理な話ですが、今度は低い方のリテラシーに合わせにいくこともできるのです。

バカを学ぶという作業。
それはかなりの苦痛を伴いますが...。

視点を変えてみると、大衆を教育してやれという発想を持つ事もできます。

戦国時代のキリスト教の宣教師ルイス・フロイスやフランシスコ・ザビエルの様に物好きには、西洋音楽を教えてあげるのです。

特定のジャンル(吹奏楽やシャンソンなど)に偏向してそこを主戦場とするのも良いでしょう。

私のように全てを掌握しようとすると精神が崩壊しかかりますから、これから作曲家を目指す人には局地戦を勧めます。

製薬会社と医師、また健康食品、ダイエットなどの負の側面が最もよく出ているのは「精神」が絡む場面です。
依存させること、怖がらせること。
痩せなくては美しくないよ、顔も治せるよ、乳もアソコもデカくできるよ。
確かにそういう側面はあるのですが、限りなく追求していき、肝心の中身が疎かになっている。
音楽も全く同じでDTM幇間(たいこもち)みたいな人が居て、音楽制作というより機材や音源の宣伝だけで食ってる様な奴らが居るので反吐が出ます。
そこまで、出すほどの価値もない情報が氾濫しているので、素人や若い子達にホンモノが分かりにくくなるのです。
私は一瞬でクズは分かりますけどね。
秋元のブタとかね。目の前にいたらシバいたろかと思いますよ。
利権で動いてしまう人間の悲しさ。
それはある程度までは許容されるべきです。誰もが楽な生活をしたいですから。
しかし、どこかで気付けよ。
このまま、やっていて国力が低下することは怖ないの?
お前ら早晩くたばる年寄りはいいかもしれんけどな、その後どないすんねん!
僕は知らないとは言わせないですよ。
音大やら専門学校の教員共も勿論真っ当な先生も少数居ますけれどね、大半が腰掛けて労働しているだけ。
音楽の未来だの芸の未来を考えろや。
あっ、違う方に矛先が行ってもうた(-_-;)
まぁ、どこの業界も行き詰まってるのかね。
ZOZOのバカ社長や堀江みたいな愛も何も無い、プラスマイナスしかない脳が単純な人々に左右される様な社会じゃまずいんですよ。

2019年9月7日土曜日

類似化と差別化


⚫類似化→
その業界で行なわれている最低限のサービス、マナー等を守ること。

⚫差別化→
他の企業、ライバルにはない傑出した点を持つこと。個性と呼ばれる部分でもある。

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今までの日本の音楽業界が必死で追っていたのは実は「類似化」であり、凡庸な人々が音源なり機材なりを揃えるのもここをクリアするためなのです。
そして、それが狭義の「professional」ということです。

しかし、芸術家という人種は一味違います。
私のように「類似化」に全く、とは言わないけれども「興味が無い」人間が存在するのです。
つまり、それは世の中の大半を占める「一般的な感覚」の人間には評価をされないということを意味します。

それを自覚していればいいだけの事。
「類似化」を求めて努力をすれば世の中の基準値に合わせていけば自ずと評価は上がることでしょう。
しかし、そんなものを追うことはもうウンザリしているのです。二十代で嫌という程味わいましたから。

私は商売人には向かないのです。
四十を回るとね、勝ち負けなんてものはどうでも良くなってくるのですよ。
類似化の為の人生、皆さんお疲れ様です。と思ってしまうような天邪鬼なところがあるのです。

これは性分だから仕方がないね。