①バークリー・メソッド=機能和声+α
に対して、リディアン・クロマティック・コンセプトは中心音や調性に対して、ニュートラルな観点から捉えようとする姿勢が強い。
そもそも、機能和声は中世ヨーロッパ以降の「善悪」やら「三位一体」という思想から抜け出られていない。
そこに、キリスト教という紛れもない「新興宗教」が絡んでいるのを忘れてはならない。(新興だからあんだけ戦争してんだよ)
本当に中心を見ようとした場合は、正誤やら善悪という安直な判断にはならないので、それは一般の俗な人間には理解できないのであろう。(金を稼いでガキ作って生活することに何の疑問も持たないのだから)
まぁ、そんなことは人それぞれの価値観なのでどうでもいいとして、リディアン・クロマティック・コンセプトというのも、勿論、使い方を誤れば新興宗教と何ら変わりはなくなる。
もっと、頭を柔らかくしなさい。
音は何で出来ている?
少なくとも楽音を使う限り、平均律を使っている限りは12半音の円環から産み出されるアトモスフィアを感じ取れるかどうかが大切であろう。
それを理解せずに打ち込みでドンチャカ、モァーンとやっているのは「音響系」に寄りすぎている。
音楽というのは「メロディとハーモニーとリズム」で成り立つのが基本なのである。
音色と言う要素はその次の化粧の段階。
音色があっても、音楽を分かっていない人間が使えばそこに音楽は生まれ得ないのだから。
ちなみに譜例はD.ブルーベックの「In Your Own Sweet Way」のドタマ。
機能和声でII-Ⅴ分析をすることも必要だが、それでは調性もブルーベックの意図や感性も掴むことはできない。
実はブルーベックのこの曲、機能和声で言うと、IV度-Ⅰ度とやっているのと変わらないのである。
トーナリティは大きく「E♭」▶「B♭」と変終止をしているだけ。
コードタイプに惑わされて仕舞わないのがリディアン・クロマティック・コンセプトの凄いところと言える。
「In Your Own Sweet Way」
こちらも、基本的にはトニックというものはⅠかVImに置いている点は同じ。
後はそこに、均等分割という概念を足していく(ドビュッシー、メシアン、パーカー、モンク、エヴァンス、コルトレーン皆やっていること)
7thコードという「ジャンル」(型)は通常はリディアンモードのⅡ度上に構成されるのが普通であるが♭9、♭13が入った途端に都合が悪くなる。
D7▶C modeⅡ (genre 7th)
という公式が成り立たなくなる音が入っているからである。
それは「B♭」の音。
これはホール・トーンでないと現れない。ブルースコード等は平気で使うが、原則としてはCメジャーという中心を「ボカす」音なのである(完全否定までは行かないが)
つまりここは少し捻った見方が必要だ。
そこで、簡単な考え方を教えるが、主調に対しての変化音というのは大抵それが中心になっていることが多いと言える。
この場合は、E♭かG♭がトニックに居ると考えると「ディミニッシュの範囲までで落ち着く」。
後はそれがインサイドであるか、アウトサイドであるかで序列、遠近を判断する。
それらの内演奏でどれを使うかは奏者が考えることであろう。
何よりも自分で考えて悩み抜き、感得する姿勢が大切なのである。
また、迷った時に理論書を読む前に、己で解明してみる努力を怠らないこと。
アカデミックという多数派の平均値に真の答えなどあるわけがない。それらは大抵、「落とし所」に行ってしまっていて芸の本質とは掛け離れていることがまま有るからである。
利権やら予算、期日などが絡んだものばかりやっていては、芸術の追求はできないということ。
まぁ、生きていくということは常に折り合いを付けなくてはならないという哀しさはあるのだけれどね。
興味を持った方は話を聞きにいらしてください。少なくとも印象派やらエヴァンス以降で躓く様なことは無くなる。
古典和声という体系はある時期の偏った様式美が使い回し易いが為に生き残っているだけであり、本来は旋法の様に多様であることが芸術の本懐だと思うよ。